ヒトゲノム・プロジェクトのリーダーである世界的遺伝学者Francis S.Collins(米国立衛生研究所所長)の著著「遺伝子医療革命」で、deCODE genetics社の最高科学責任者Jeff Gulcherが紹介されました
以下、本文より引用

フランシス・S・コリンズ
矢野真千子(訳)
NHK出版
ジェフリー・ガルチャーの話を紹介しよう。デコード社の最高科学責任者である彼は、自社が売り出しているDNA検査を自分でも受けることにした。ジェフは48歳で健康そのものだった。
結果が戻ってきて、前立腺癌の相対リスクが1.9倍だという数字を見たとき、彼は動揺した。父親が68歳で前立腺癌になったことを思い出し、プライマリ・ケア医に相談すると、通常は50歳を超えた人が対象である前立腺特異抗原(PSA)検査を受けてみてはどうかと勧められた。
この検査は前立腺癌になると増える物質の血中濃度を測定するものだ。ただ、偽陽性や偽陰性が多く出ることから、一部に有効性を疑問視する声が上がっている検査でもある。ジェフのPSA値は彼の年齢にしては高く、正常範囲を超えていたが、直腸診ではしこりは見つからなかった。もしDNA検査を受けていなければ、それ以上何もしなかったかもしれない。だが、検査を受けて遺伝リスクを知っていた彼は、泌尿器科医のところに行った。泌尿器科医は超音波下での針生検を受けてみてはどうかと勧めた。入院の必要がなく、痛みもほとんどない検査だ。ジェフは前立腺の両葉から合計12か所の生体組織を採取された。
結果はかんばしくなかった。12か所のうち3か所に前立腺癌ができていた。前立腺癌は、生検で採った細胞の見た目に基づく攻撃性によって等級分けされている。転移や死に至る可能性の高さ、すなわち悪性度を示すグリーソン・スコアと呼ばれるものだ。ジェフの前立腺癌グリーソン・スコアは「6」だった(中等度である)。
前立腺癌の正しい対処法については激しい議論が続いている。この癌は悪性腫瘍だが、そもそも進行がひじょうに遅い。高齢男性にはよくみられ、たいていの人は前立腺癌で死亡するというよりは前立腺癌のまま死亡する。しかし、あと4、50年は生きられる48歳の中年男性にとって、用心しながら待つだけというのは危険だ。最近報告されたスウェーデンの研究によれば、中年男性の場合、ただ静観しているより積極的に前立腺切除の手術を受けたほうが大幅に生存率が上がるという。
ジェフは前立腺切除術を受けることにした。切除した組織を病理検査すると、生検で調べた診断よりも攻撃性の高い癌だったことがわかった。グリーソン・スコアでいえば、「7」である。手術には失禁や勃起不全などの副作用があるとされているが、幸いジェフの場合は何も副作用は出なかった。
私はジェフとこの件について話をしたことがある。当初、私は疑ってかかっていた。なんといっても彼はデコード社の最高科学責任者で、DNA検査を売りたがっている男なのだ。だが、よくよく話を聞けば彼の判断は理にかなっており、DNA検査の誇大広告にはあたらないことがわかった。つまり、彼のように遺伝リスクを知った男性なら、たいていPSA検査を受けるだろう。そして直腸診を受け、針生検に進むだろうと思うのだ(針生検は費用がかかるし、場合によっては出血や感染症などの合併症を引き起こすこともあるが)。デコード社は、遺伝子検査とPSA検査を併用した場合と、PSA検査のみの場合の効果の違いを調べるため、大規模調査にすでに乗り出したとジェフは語ってくれた。私はジェフのようなケースは今後増えてくるのだろうと感じた。保険会社もいずれ検査費をカバーするほうが有益だと気づくだろう。それで予防してもらえれば、何もしないで病気になったときの治療費を払わずにすむのだから。



